気のいいイギリス人のロワールでの挑戦

2013年にとあるサロンで少し意外な出会いに恵まれました。シンプルなエチケットにポップでカジュアルな味わいのワインを紹介していたその人は、トビー ベインブリッジ。ロワール地方アンジュ地区でワイン造りを始めたイギリス人です。

トビーは、18歳で高校を卒業してから、友人たちとヨーロッパ中を巡る旅に出ました。その旅行中にボジョレー地方でブドウの収穫に参加。それが、あまりに素晴らしい体験だったため、その後3年間に渡ってボジョレーに戻っては収穫に携わったと言います。そして、3回目の収穫を終えた時、「いつかは農業をしたい」と強く思うようになりました。しかし当時は、作物の中でもブドウは「不確定要素」が多く、リスクが高そうに思えたと言います。

その後アメリカやカナダで様々な仕事を経験し、その中で妻となるアメリカ人女性と出会います。そして再びヨーロッパに戻り、アンジェの農業学校での交換留学プログラムをきっかけにフランスに来る事となりました。そのプログラムの終了後、偶然にもブリサック村のワイン生産者の元での仕事のオファーがあり、迷いながらも絶好の機会とワイン造りに挑戦する事になりました。

その後、この地域の自然派ワイン生産者の兄貴分的存在であるルネ モスをはじめ、様々な生産者の元での仕事をかけもちしながら、2007年にはじめて自身のワイン造りを始めました。そして経験を重ね自信を深めた2012年に独立を果たし、ワイン生産者への道をしっかりと歩みはじめました。

ルネ モスやディディエ シャファルドンらからワイン造りの手法を教わり、同時に様々なアイデアを共有してもらってワイン造りを始めたトビーですが、彼との会話は、いわゆるフランスの生産者達とのそれとは異なります。ジョークの質が違うと言えば良いのでしょうか、会話のリズムや流れ、明るさの質がフランス人生産者に慣れた私たちには新鮮です。人当たりは柔らかく気のいい雰囲気のトビーですが、繊細な面や少しぬけた所もあって憎めない奴というタイプの人柄です。ワインの味わいからもそんな彼の性格がピュアに感じられ気楽に楽しめる軽快な飲み口と気負わない果実の純粋さが楽しめます。

「ワインに関わる仕事をしている時、常に満たされていると感じます。気分がふさぎ込んでいる時は、とにかくひたすら畑を耕すのが好きです。」

畑や醸造所を親から引き継いでいるわけでもなく、縁のない土地でワイン造りに挑戦するイギリス人ならではの苦労を感じる時もあるのでしょう、そんな苦労も自然の中で無心に働ける喜びによって乗り越え、まっすぐと自分の理想と感じるワイン造りを進めて行きます。

トビー ベインブリッジに理想のワインの姿を尋ねると、「心も体も清浄な状態にしてくれるワイン」という答えが返ってきます。紆余曲折を経て辿り着いた安息の土地で、大好きな自然と関わりながらの仕事に喜びを見出した彼。ワインを通じてその穏やかな心を感じて頂ければと思います。